2007年09月20日
1)私の考える近江商人とは
近江商人とは何でしょうか、また、どのような人がいたのでせうか。
地域には地域の良さ、その土地にはその土地なりのいいところがあります。
風景や特産品にかぎらず、そこに起こった産業やそれを担った人々にもそこにはそこの
“ひと”の特徴というものがございます。
滋賀県は古来より近江商人の地として有名ですが、歴史的にそうした人物を輩出せ
ざるをえない背景がありました。戦国時代、近江は歴史の荒波をまともに受け、戦場と
かした経緯をみると、そこに住む人の“商人”としての歴史的な附託をおびたものを思わ
ざるをいられません。
織田信長政商の堺の商人今井宗久は、近江高島?出身の元武家との説もあります。
さて三重県では、伊勢商人三井高利がつとに有名ですが、系譜として近江日野出身の
戦国武将蒲生氏郷を抜きにしては考えられません。彼の父蒲生左兵衛賢秀は、信長が
京都に上るとき、観音寺城主近江佐々木六角承禎配下についておりましたが、伊勢神戸
城主神戸友盛より信長の新しい軍事体制将来性を説得され、信長小姓に氏郷をつける。
中世最大城郭であった近江観音寺城下には当時より楽市楽座が開けており、商人の
出現が信長をして一気に成長させたといってよい。
徳川幕府の武士を支配下においた時代には、経済がなによりの不安定要因であった。
戦国時代の系譜を帯びたなかから近江商人が巣立ったことは間違いがない。
江戸時代全期を通じて五指にはいる中井源左衛門良祐は、いち早く名をなした近江日野
出身の近江商人である。また、蝦夷開拓に辣腕を振るった近江八幡出身の松前商人、
西川伝右衛門は近江佐々木六角氏の遺臣の子であり、松前藩の経営顧問にもなり大商人
になりながらもなお、単身で蝦夷奥地に入り開拓と冒険を繰り返し、莫大な利益をあげて、
蝦夷地に並ぶものなしといわれるほどになっている。
但し近江商人には、紀伊国屋文左衛門や奈良屋茂左衛門のような、豪快かつ冒険的な
商人はひとりも存在しないのである。事実、中井源左衛門は天秤棒をかついでゼロからの
スタートであった。江戸、京都、大坂の大都市中心の大店の手の届かない地方都市に目を
向け、そこを拠点にスケールアップした見事な展開であった。
投機や買占め禁止を固く守り、薄利多売で商売は、『信用第一』主義に徹した。
一回は儲けても信用を失ったらあとが続かない。続かなければ、商売ができなくなる。それ
では元も子もなくなる。近江商人には「三方良し」という言葉がある。
売り手良し、買い手良し、世間良し、の伝統がいまも脈々と生き続けていると当社は考える。

当社ネットサイトは、⇒こちらへ
地域には地域の良さ、その土地にはその土地なりのいいところがあります。
風景や特産品にかぎらず、そこに起こった産業やそれを担った人々にもそこにはそこの
“ひと”の特徴というものがございます。
滋賀県は古来より近江商人の地として有名ですが、歴史的にそうした人物を輩出せ
ざるをえない背景がありました。戦国時代、近江は歴史の荒波をまともに受け、戦場と
かした経緯をみると、そこに住む人の“商人”としての歴史的な附託をおびたものを思わ
ざるをいられません。
織田信長政商の堺の商人今井宗久は、近江高島?出身の元武家との説もあります。
さて三重県では、伊勢商人三井高利がつとに有名ですが、系譜として近江日野出身の
戦国武将蒲生氏郷を抜きにしては考えられません。彼の父蒲生左兵衛賢秀は、信長が
京都に上るとき、観音寺城主近江佐々木六角承禎配下についておりましたが、伊勢神戸
城主神戸友盛より信長の新しい軍事体制将来性を説得され、信長小姓に氏郷をつける。
中世最大城郭であった近江観音寺城下には当時より楽市楽座が開けており、商人の
出現が信長をして一気に成長させたといってよい。
徳川幕府の武士を支配下においた時代には、経済がなによりの不安定要因であった。
戦国時代の系譜を帯びたなかから近江商人が巣立ったことは間違いがない。
江戸時代全期を通じて五指にはいる中井源左衛門良祐は、いち早く名をなした近江日野
出身の近江商人である。また、蝦夷開拓に辣腕を振るった近江八幡出身の松前商人、
西川伝右衛門は近江佐々木六角氏の遺臣の子であり、松前藩の経営顧問にもなり大商人
になりながらもなお、単身で蝦夷奥地に入り開拓と冒険を繰り返し、莫大な利益をあげて、
蝦夷地に並ぶものなしといわれるほどになっている。
但し近江商人には、紀伊国屋文左衛門や奈良屋茂左衛門のような、豪快かつ冒険的な
商人はひとりも存在しないのである。事実、中井源左衛門は天秤棒をかついでゼロからの
スタートであった。江戸、京都、大坂の大都市中心の大店の手の届かない地方都市に目を
向け、そこを拠点にスケールアップした見事な展開であった。
投機や買占め禁止を固く守り、薄利多売で商売は、『信用第一』主義に徹した。
一回は儲けても信用を失ったらあとが続かない。続かなければ、商売ができなくなる。それ
では元も子もなくなる。近江商人には「三方良し」という言葉がある。
売り手良し、買い手良し、世間良し、の伝統がいまも脈々と生き続けていると当社は考える。

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